水を入れてから、気づいた。

あの子のお皿に、もう水を入れなくていいということに。

朝のルーティンが、ふとした瞬間に止まった。散歩の時間になって玄関に立ったとき。夜、いつもの場所に誰もいないのに、目がそこへ向いてしまったとき。

そういう場面が、何日も続いた。

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その涙は、おかしくない

「泣きすぎ」「大げさ」「ペットだから仕方ない」——そういう言葉をかけられた人が、きっと多いと思います。

あるいは言われはしなくても、自分の中でそう思おうとした人も。

何日も泣いていると、「こんなに泣いていいのだろうか」という問いが、悲しみの上にさらに積み重なってくる。それが、もう一段つらい。

研究者たちは長い時間をかけて、この問いを調べてきました。データは、ひとつの方向に向かっています。

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「ペットだから」という言葉のこと

ペットを亡くしたあとの悲しみは、社会的に認められにくいことがあります。

「ペットロスで落ち込むなんて」「そのうち慣れるよ」「また新しい子を迎えれば」——善意から出た言葉でも、受け取る側には重くなることがある。

これは「非承認された悲嘆」と呼ばれています。英語では disenfranchised grief——正式に悲しんでいいと社会に認められない状態のこと。

ボルトン大学のヒューズらが2022年に発表した系統的レビュー(Hughes & Lewis Harkin, 2022、OMEGA - Journal of Death and Dying)では、33の研究を統合し、この疎外された悲嘆がいかに飼い主の回復を妨げるかを記録しています。悲しみは本物なのに、それを表に出せない環境が、孤立をさらに深める。調査でペットロスを経験した人の多くが、誰にも話せないまま過ごしていたと報告されていました。

「大げさだ」という言葉は、悲しみを否定するのではなく、その人の回復を遠ざける。そのことが、積み重なった研究から見えてきます。

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5人に1人が「最もつらい別れ」と答えた

2026年1月、PLoS ONE 誌に発表された研究があります。英国の成人975名を対象に、ペットの喪失と人間の喪失を比較した調査です(Hyland, 2026)。

参加者のうち、ペットを亡くした経験があり、かつ人間を亡くした経験もある人に「どちらがより辛かったか」を聞きました。

5人に1人(21.0%)が、ペットの死を選びました。

さらに、「遷延性悲嘆障害」——通常の悲嘆を超えた、長期にわたる深刻な悲嘆反応の発症率を調べると、ペットを亡くした場合でも7.5%が該当しました。これは、兄弟を亡くした場合や友人を亡くした場合と同程度の数字でした。

現在、ICD-11(国際疾病分類)もDSM-5-TR(米国精神医学会の診断基準)も、この障害の診断対象をペットの喪失には認めていません。ハイランドはその規定に疑問を提示するためにこの調査を行いました。

「ペットを亡くしたとき、精神的に有意な悲嘆が生じうる」という事実は、データが示しています。

ただし、この調査は確率標本ではなくクォータサンプリングによるものであり、英国成人全体を完全に代表するものではないことは記しておきます。

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あの子への悲しみは、あの子との深さだった

悲しみの強さを決めるのは何か。

ヒューマンボルト州立大学のエカードらが2016年に発表した研究では、ペットを亡くした211名と、人間を亡くした146名のデータを比較しました(Eckerd et al., 2016、Death Studies)。

確かに、人間を亡くした場合のほうが悲しみの指標は高かった。でも、その差は小さかった(効果量 d=0.28〜0.30)。そしてもっと重要なことを、研究チームは記録しています。

悲しみの強さを圧倒的に最もよく予測したのは、「相手との近さ(closeness)」だったということです。人間か動物かという種別ではなく、どれだけ近くにいたか。その一つの変数が、他のすべての予測因子を押しのけた。

その後も同様の傾向を示す研究が繰り返し報告されています。

タスマニア大学のクリアリーらによる質的研究のシステマティックレビュー(Cleary et al., 2022、Death Studies)では、ペットを亡くした経験者の語りを集めた17の研究を統合しました。そこに繰り返し登場した感情の一つが「罪悪感」です。「もっとできることがあったのではないか」「あの選択は正しかったのか」——そういう問いが、別れのあとに残る。

あの子への悲しみの深さは、あの子との時間の深さでした。何日も泣いているのは、それだけ近くにいたということです。

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今日できること、一つだけ

あの子を失ったばかりの人に、「こうすれば楽になる」という言葉は書けません。

でも、一つだけ。

「これは本物の悲しみです」と、静かに認めることができます。

大げさではなく、特別でも異常でもなく——近くにいたから、近さの分だけ悲しい。それだけのことが、社会には見えにくい。でもその悲しみは、あの子との時間が本物だったことの証拠でもあります。

もし誰かに話せそうな人がいれば、話してください。ペットロスを専門に扱うカウンセラーや支援グループも、少しずつ増えています。一人で抱えることがすべてではありません。

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今日も、あの子を思っているとしたら

「もう慣れた」と言える日は来ます。

それが何日後なのか、何ヶ月後なのかは、一緒にいた時間によって違います。

今日も、あの場所に目が向いてしまうとしたら——それはまだ、あの子のそばにいるということです。その気持ちは、時間をかけてゆっくり変わっていきます。焦ることはありません。

今日も、あの子を思っている。

それだけで、十分です。

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参照文献

  1. Hyland, P. (2026). No pets allowed: Evidence that prolonged grief disorder can occur following the death of a pet. PLoS ONE, 21(1): e0339213.
  2. Eckerd, L. M., Barnett, J. E., & Jett-Dias, L. (2016). Grief following pet and human loss: Closeness is key. Death Studies, 40(5), 275–282.
  3. Hughes, B., & Lewis Harkin, B. (2022). The impact of continuing bonds between pet owners and their pets following the death of their pet: A systematic narrative synthesis. OMEGA - Journal of Death and Dying, 90(4), 1666–1684.
  4. Cleary, M., West, S., Thapa, D. K., Westman, M., Vesk, K., & Kornhaber, R. (2022). Grieving the loss of a pet: A qualitative systematic review. Death Studies, 46(9), 2167–2178.