あの子を連れて散歩に出るようになってから、同じ道を通る人たちの顔を覚えるようになりました。

特に親しいわけではない。名前も知らない。でも「あ、今日もいる」と思う。向こうも同じように思っているのかもしれない。会えば少し話す。それだけの関係です。

でも、その「それだけの関係」が、ひょっとしたら何かを作っているかもしれない——そう思い始めていた頃に、ちょうど興味深い研究を読みました。

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「犬がいると話しかけられる」は本当だった

犬を連れていると見知らぬ人から話しかけられる、という体験をしたことがある飼い主は多いと思います。

(これって、うちの子が特別かわいいから?)と思っていたことがあります。

でもそれは多くの飼い主が経験することで、犬が「社会的触媒」として機能しているという研究は、1990年代から海外で蓄積されてきました。問題は「話しかけられる」が、その先の何かにつながっているのかどうか、でした。

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「知り合い」ではなく、「顔見知り」

2025年12月、立教大学と麻布大学の共同研究がPLoS ONEに掲載されました。

相模原市中央区とその近隣自治体の住人377名を対象にした社会調査で、犬の飼い主とそうでない人を比較したものです。

研究チームが最初に確認したのは「友人の数」でした。近隣に住む友人の数を比較すると、犬の飼い主と非飼い主のあいだに有意な差はありませんでした。

ここで研究が深みを持ち始めます。

犬の飼い主に顕著に多かったのは、「友人」ではなく「顔見知り(生活の中で繰り返し顔を合わせる相手)」の存在でした。そして「通りすがりの誰かとの偶然の会話」が多いことも確認されました。

親しい友人の数は増えていない。でも、同じ道で繰り返し会う顔ぶれが増えていた。

その「顔見知り」の存在が、地域への所属感と関連していたのです。

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「友達」より「顔見知り」が、帰属感を作る

ここが、この研究で最も驚いた部分でした。

地域への所属感——「自分はこの町の一員だ」という感覚——を高めていたのは、近隣の友人の数ではなく、顔見知りや偶然の会話の多さだったのです。

親密な人間関係ではなく、弱い繋がり(weak ties)が地域の帰属感に関係する——という考え方は、社会学でここ数年注目されているものです。研究チームもこの文脈に沿って結果を解釈しています。

近所のコンビニで顔なじみになった店員さん。よく見かける散歩の常連さん。「あ、また会いましたね」と軽く話す相手。そういう、名前も知らないゆるい接点の積み重ねが、「ここは自分の場所だ」という感覚に関係していた。

そして、そのゆるい接点を作るのに、犬の散歩という習慣が機能していた。

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猫では、確認されなかった

この研究で重要なのは「何が特別だったか」という点です。

犬の飼い主に見られた「顔見知りの増加→所属感の向上」という効果は、猫の飼い主や、犬猫以外のペットの飼い主では確認されませんでした。

これは犬が「特別に優れたペット」だという話ではありません。構造の違いです。

犬は日常的に外に連れていく必要があります。散歩のために同じ道を歩く、同じ公園に通う。それが「繰り返し顔を合わせる機会」を自然に生み出します。猫は室内でいっしょにいることが多く、外での接点が生まれにくい。

「外に出る」という行動の構造的な差が、地域との接点の密度に影響していた、ということです。

研究チームはこの結果を「犬の飼育が地域の顔見知りと関連し、また地域における偶然の交流を高め、その結果、地域での所属感につながる」と表現しています。

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「ただの散歩」が積み上げていたもの

あの子を連れた散歩を、今まで「運動」として捉えていました。あの子の体に必要なこと、としての散歩。

でもこの研究を読んでから、少し違う意味合いが重なりました。

あの子と出かける毎日が、私の知らないところで、ゆっくりと地域の網目を作っていたかもしれない。

名前も知らない「あの柴犬のおじさん」「毎朝会うラブラドールの人」——そういう相手との繰り返しの接触が、「ここは知っている場所だ」「ここには顔見知りがいる」という感覚に少しずつ変わっていく。

数字で測りにくいものを、この研究は377名のデータで拾い上げた。それがこの論文の価値だと思います。

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シニアになっても、同じ効果があるかもしれない

もう一つ、この研究で触れておきたい点があります。

「地域との繋がりの希薄化」は、高齢になるほど深刻になりやすいという背景があります。定年退職し、子どもが独立し、外に出る理由が減っていく時期に、顔見知りが減り、偶然の会話が減り、所属感が失われていく——そういう孤立のプロセスは、都市の高齢者に限った話でなくなっています。

犬がいれば、天気が悪くても、気分が乗らなくても、外に出る理由になります。同じ時間に同じ道を歩くことで、繰り返し顔を合わせる相手が自然に生まれます。

「シニア犬との生活」を「介護が大変になる時期」として考えることも多いですが、「シニアになった飼い主にとっての散歩相手」として見ると、別の意味が見えてきます。あの子が外に連れていく理由になっていること、それ自体が地域との繋がりを維持する一つの手立てになっているかもしれない。

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都市に生きることと、犬がいること

特に都市部では、近隣との繋がりは年々希薄になっていると言われます。マンションで暮らし、同じ建物に何年住んでも隣の部屋の顔を知らない——そういう話は珍しくなくなりました。

その環境の中で、毎日外に出ることを必要とする存在がいること。それが地域との接点を構造的に作り続けていたとしたら——。

「犬を飼うと地域の人と仲良くなれますよ」という話ではありません。友人になれるかどうかは別の話です。でも「繰り返し顔を合わせる相手」が増え、「偶然の会話」が生まれる機会が増える。それだけで、「ここは自分がいていい場所だ」という感覚に関係する何かが動くかもしれない。

都市の孤立という問題に、意図せず犬が関係しているかもしれない——そう考えると、あの子と歩く毎日の小さな積み重ねが、少し違う重みを持って見えてきます。

この研究(Ishiguro et al., 2025, PLoS ONE, 立教大学・麻布大学)は相模原市周辺の377名を対象にしたアンケート調査に基づく横断観察研究です。調査地域が限定されており、都市規模・地域特性によって結果が異なる可能性があります。「顔見知り」や「所属感」は飼い主の自己申告に基づく指標であり、測定方法の解釈に個人差があります。また横断研究のため「犬を飼うから顔見知りが増える」のか「もともと外出頻度が高い人が犬を飼いやすい」のかという因果の方向性は本研究だけでは確定できません。猫や他のペットでの非有意という結果も「差がない」を証明するものではなく、サンプル数の制約も関係する可能性があります。