散歩に出るたびに、あの子は立ち止まります。電柱の根元。草むら。前の犬が通ったらしい痕跡。においの地図を読み解くように、時間をかけて嗅ぎ続ける。
(ここまで細かく嗅いで、何が見えてるんだろう)
犬の鼻が人間とは比べものにならないくらい鋭いことは知っています。嗅覚受容体の数が違う。脳の嗅覚に使われる割合が違う。においを「絵」として見るような感覚で世界を認識している——そういう話を読むたびに、少し想像が追いつかなくなります。
ただ、犬の中でも差があると思っていました。ビーグル、バセット、ブラッドハウンド。嗅覚を特化させて選択されてきた猟犬たちは、そうでない犬種より鼻が優れている——それは当然のことのように感じていました。
2025年に発表されたある研究を読んで、その考えが少し揺らぎました。
においを「当てる」テストを、551頭でやってみた
ブダペストのエトヴェシュ・ロラーンド大学の研究チームが2025年にScientific Reportsに発表した研究は、551頭の犬(爆発物探知犬27頭を含む)を対象にした嗅覚の比較実験です。
この実験のユニークな点は、「特別な訓練なし」で行われたことです。普通の嗅覚テストは、特定の匂いを識別するよう訓練された犬を使います。でもこの実験では、ペットとして暮らす一般の家庭犬が対象の大半で、「食べ物を鼻で探す」という犬の自然な動機だけを使いました。
テストの仕組みはシンプルです。グラウンドに4つの陶器製の鉢を並べ、そのどれか1つの下に食べ物を隠します。犬はリードにつながれたまま飼い主と列を歩き、においで正しい鉢を当てる。訓練なし、ただ「鼻で探せ」という状況です。
難易度は3段階。最初は容器の蓋が開いている(においがよく漂う)、次は小さな穴の開いた蓋、最後は密閉した蓋。それぞれのレベルで一定の正答率をクリアした犬だけが次に進めます。
551頭のうち43頭はレベル1(最も易しい段階)をクリアできず分析から除外されました。残り484頭のデータを使って、犬種グループ別・犬種別の成績が比較されました。
「嗅覚犬種のグループ」は、期待どおりに強かったか
研究チームはまず、犬を3つのグループに分けました。においに関わる仕事のために選択されてきた「嗅覚系」(ビーグル、バセット、ブラッドハウンド等)、協調性を重視して選択されてきた「協調性系」(牧羊犬等)、その両方の特性を持つ「両方系」(ガンドッグ等)の3つです。
「においの専門家グループが当然強いはず」——直感的にはそう思えます。しかし、データはそうならなかった。
3グループの成績のばらつきが、全体のばらつきと統計的に変わらなかったのです。つまり、嗅覚系グループが特別に優れているという証拠が見つからなかった。研究チームはこの結果を受け、グループ分析をいったん外して、個別の犬種を直接比較することにしました。
個別の犬種を見ると、今度はっきりした差が出てきました。最も成績が良かったのは、ボーダーコリーでした。
ボーダーコリーを基準にすると、ゴールデンレトリバーはトップレベルを通過する確率が70%低く、成功スコアも74%低かった。ハウンド系(バセット/ブラッドハウンド)も成功スコアが59%低かった。もともと「においで働く犬種」として知られてきたはずの犬たちが、一般的に「賢い牧羊犬」として知られるボーダーコリーより成績が低かった。
速さの面では別の犬種が際立ちました。最も速く正解にたどり着いたのはビーグルで、ハウンド(バセット/ブラッドハウンド)、ゴールデンレトリバー、コッカースパニエル、ボーダーコリー、ラブラドールはビーグルより時間がかかっていました。「においで長距離を追う」ことに特化してきたはずのハウンド系が、速さでも上位ではなかった。
成功率と速さが必ずしも一致しなかった点も興味深いです。ボーダーコリーは成功率では最高でしたが、速さではビーグルに及ばなかった。「確実に見つける」と「素早く見つける」は、異なる能力として現れていたのかもしれません。
においを「使う」のは、鼻だけの話じゃなかった
なぜボーダーコリーがトップだったのか。研究チームは慎重に考察しています。
このテストは「においを感じる能力」だけでなく、「においを手がかりに正解を選ぶ」という判断の側面を含んでいました。4つの鉢の中から1つを選んでしっかり示す——これは視覚的・認知的な要素も含む「選択課題」です。ボーダーコリーはもともと牧羊という精密な仕事のために、人の指示を素早く理解して動く能力を磨いてきた犬種です。その「課題を理解して動く」という部分がこのテストで活きた可能性があると、研究者たちは述べています。
一方でハウンド系は、長距離の追跡において「ゆっくり確実に」においを追う働き方に適化してきました。速さを求められる探索よりも、持続的な追跡が本来の仕事です。においを「感じる能力」と、においを「素早く使って答えを出す能力」は、異なる側面かもしれないということです。
成績に影響した要因として、犬種以外に見えてきたことがありました。「トレーニングへの反応性」が高い(飼い主の指示に応えやすい性格の)犬は、トップレベルを通過する確率が33%高かった。犬種の種類より、この性格的特性の方が成績と関係していた。
もう一つ印象的だったのは、犬種内のばらつきの大きさです。どの犬種を見ても、成績の個体差が大きかった。ボーダーコリーの中にも成績の低い個体がいて、ゴールデンレトリバーの中にも高い個体がいます。「犬種でおおまかな傾向はある、でも個体差の方が大きい」という構図が浮かびました。
研究者たちは論文の中で、このテストには視覚的な要素があること、また一般のペット犬と訓練された探知犬とでは条件が異なることも指摘しています。今回の結果が「においの感受性そのもの」を測ったというより、「このテスト形式での嗅覚活用能力」を測ったという解釈が正確です。純粋な嗅覚の鋭さの比較とは、少し異なります。
あの子の鼻が、少し違って見えてきた気がした
「嗅覚犬種だから鼻がいい」「うちの子はそうじゃないから鼻はそこそこ」——そう思っていた部分が、この研究を読んで少しほぐれました。
においを使う能力は、鼻の構造だけで決まるわけではなかった。課題を理解して応えようとする性格、状況に柔軟に反応する能力、その「使い方」の部分が成績に関係していた。
そして、犬種よりも個体差が大きかったという事実は、うちの子の鼻の話をするときに「犬種」を先に持ち出すことへの疑問を残します。「この子はどんな犬種か」より「この子はどんな個体か」の方が、嗅覚の使い方を考えるうえでは関係が深いかもしれない。
散歩でじっくり嗅いでいるあの子を見るとき、「この犬種だからこのくらいの鼻だろう」という考えより、「この子はどういうふうに嗅いでいるんだろう」という問いの方が、近いものに届く気がしています。
551頭のデータが示したのは、犬の嗅覚は「犬種の違い」よりも「個体の違い」の方が大きいということでした。ゴールデンレトリバーだから鼻が弱い、ボーダーコリーだから当然いい——そういう話より、目の前のあの子がどんなふうにおいを使っているかを見る方が、ずっとあの子の話に近いと思います。
あの子の鼻の話は、あの子だけの話です。