犬がどこから来たのか、という問いには長い間、答えが出ませんでした。

東アジア起源説、中央アジア起源説、中東起源説、ヨーロッパ起源説——研究ごとに結論が違って、どれが正しいのかわからなかった。専門家でさえ意見が割れていた。

2022年、古代のオオカミのゲノムを大量に解析した研究が、この問いに一つの答えを出しました。それは「どこか一か所から来た」という話ではありませんでした。

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10万年分のゲノムを解読した

コペンハーゲン大学、フランクフルト大学などの国際研究チームが、Natureに発表した研究です。

研究チームは、ヨーロッパ・シベリア・北アメリカで発掘された古代のオオカミの骨や歯から66頭分の新たなゲノムを解読しました。既存の6頭のデータと合わせて、計72頭の古代オオカミゲノムを分析の対象にしました。さらに現代のオオカミ68頭、現代の犬369頭、古代の犬33頭のデータを加え、総計で過去10万年にわたるオオカミと犬の遺伝的な関係を解析しました。

これ以前の研究の多くは、現代のオオカミと現代・古代の犬だけを比較していました。でも現代のオオカミは、犬との交雑や移動によって、かつての姿からすでに変わっている可能性があります。古代のオオカミのゲノムを大量に加えることで、「家畜化が起きた頃の本当の関係」に近づけた、というのがこの研究のアプローチです。

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犬は東のオオカミに近かった

まず確認されたのは、犬が東ユーラシアのオオカミ——具体的には2万3千年〜1万3千年前のシベリアのオオカミ——と最も近い遺伝的関係を持つということです。

研究チームは、家畜化が起きる以前の、約2万8千年より古いオオカミ(つまり、犬に影響されていない時代のオオカミ)との関係を基準にして分析しました。すると、どの地域の犬もシベリア産の古代オオカミに最も近い位置に集まりました。

ヨーロッパ産の古代オオカミとの親密度は低く、犬はそこから生まれた可能性が低いことも確認されました。少なくとも「ヨーロッパ起源」説は、この分析では支持されなかったのです。

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東と西、二つの祖先

ここからが、この研究で最も驚いた部分です。

犬の祖先は一つではなかった。東ユーラシア由来の「東の祖先」と、西ユーラシア(シリア・イラン・インド周辺)由来の「西の祖先」——二つのオオカミ集団の遺伝子が、現代の犬の中に混在していたのです。

シベリア・北アメリカ・東アジア・北東ヨーロッパの古代の犬は、ほぼ100%が東の祖先に由来していました。

一方、中東(レバント地域)の7,200年前の犬では、西の祖先が約56%を占めていました。現代のアフリカのバセンジーでも西の祖先が約37%。新石器時代以降のヨーロッパの犬では5〜25%の西の祖先が確認されました。

この「西の成分」は、農業の拡大や人々の移動とともにヨーロッパへ広がり、さらに植民地時代のヨーロッパ犬の世界的な拡散を通じて、現代の世界中の犬に混じっていったと研究チームは述べています。

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なぜ長年、答えが出なかったのか

ここで一度立ち止まって、「なぜこれだけ研究されていても、答えが割れ続けていたのか」を考えてみたいと思います。

理由の一つは、これまでの研究の多くが現代のオオカミとの比較に頼っていた点にあります。現代のオオカミは、犬が家畜化された後の長い時間の中で、犬と交雑してきた可能性があります。つまり「犬のゲノムの影響を受けたオオカミ」と「犬」を比較していたことになる。起源を探るための基準点そのものが、すでに汚染されていた可能性があったのです。

この研究が採ったアプローチは、その問題を根本から解決しようとするものでした。家畜化が起きる前——2万8千年より古い——の時代に生きていたオオカミのゲノムを基準点に使う。そうすることで、犬の影響を受けていない「純粋な」オオカミの姿を参照できる。72頭という数の意味は、単なるサンプル数ではなく「いかに遠い時代までさかのぼれるか」という深さでもありました。

答えが出なかった理由は、問い方に問題があったのかもしれない——この研究を読んでそう感じました。

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二つの解釈、どちらが正しいか

研究チームは、この二祖先モデルについて二つのシナリオを提示しています。

一つ目は「独立した家畜化」説。東と西でそれぞれ独立してオオカミの家畜化が起き、その後に両者の子孫が出会って交雑した、というもの。

二つ目は「一か所から始まり混血」説。東のオオカミから家畜化が始まり、その子孫が西ユーラシアへ移動していく過程で、現地の野生オオカミと交雑した、というもの。

この研究では、どちらが正しいかまでは特定できませんでした。ただ、「一か所だけの起源説」は否定されたことになります。二つの遺伝的ルーツが現代の犬に残っているという事実は、どちらのシナリオでも説明できます。

7,200年前の最古の中東の犬に東西両方の祖先が既に混在していたことから、もし独立した家畜化が起きていたとしても、その混血は少なくとも7,200年前より前に起きていた計算になります。

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現代の犬の中に生きている歴史

この研究を読んで思ったのは、目の前にいるあの子の体の中に、数万年前のシベリアや中東の歴史が刻まれているということです。

犬がオオカミから人間の生活に入り込んでいった過程——それが一度だったのか二度だったのかはまだわからない。でも、東のユーラシアで生きていたオオカミと、西ユーラシアで生きていたオオカミが、人間の移動と農業の広がりとともにその子孫を混ぜながら、今のあの子まで続いていた。

「犬の起源はどこか」という問いに対して、この研究が出した答えは「少なくとも二か所だった」でした。数万年の時間をかけて、世界中から集まった遺伝子のかたまりが、今日もあなたの家にいる。

そう思うと、散歩の途中で空を見上げるあの子の横顔が、少し違って見えてくるかもしれません。

この研究(Bergström et al., 2022, Nature, コペンハーゲン大学・フランクフルト大学ほか)は72頭の古代オオカミゲノムを含む大規模なゲノム解析研究です。「二つの祖先集団」が現代の犬に含まれることは示されましたが、独立した家畜化が二回起きたのか、一回の家畜化後に交雑が起きたのかは、この研究では特定できていません。サンプリングは主にヨーロッパ・シベリア・北アメリカに偏っており、東・中央アジアや南アジアからの古代オオカミサンプルは不足しています。そのため、最終的な家畜化の発生地点については今後の研究が必要です。「西の祖先」に関連するオオカミとしてシリア・イラン・インド系のオオカミが最も良いフィットを示しましたが、この地域での古代ゲノムは少なく、より詳細な地理的特定は困難です。