あの子に声をかけるとき、あの子の脳の中で何が起きているんだろう、とずっと気になっていました。

「お座り」「待って」「おいで」——反応してくれるとき、その言葉は本当にあの子に届いているのか。音として聞いているだけなのか、それとも意味のある何かとして受け取っているのか。

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MRIに自分から入った犬たちがいた

2018年にアメリカのエモリー大学の研究チームが、Frontiers in Neuroscienceに発表した研究は、その問いに直接向き合いました。

使った方法は「awake fMRI(覚醒状態のfMRI)」です。犬を眠らせず、拘束もせず、スキャナーの中で自分から静止するよう訓練した犬たちの脳活動を計測する手法です。

(自分でMRIに入る犬って、本当にいるの?)

います。この研究に参加した12頭の成犬は、それぞれの飼い主が6ヶ月かけてスキャナーへの慣れを積み上げてきた犬たちです。大きな騒音のするMRIの中で、おとなしく静止できるようになるまで、飼い主と一緒にトレーニングを続けてきた。

その犬たちが実験に使ったのは、「名前がついたおもちゃ2つ」です。それぞれの犬が2種類のおもちゃを名前で覚えるように、飼い主が毎日10分ずつ自宅で練習を積みました。「去って来い」「どこ?」と言葉で指示すると正しいおもちゃを持ってくる——それができるまで、平均して35〜128日かかりました。

訓練が完了した犬たちが、MRIの中で横たわります。スキャナーのすぐ外に立った飼い主が、その言葉を繰り返す。

「知っている言葉」を聞いたとき、あの子の脳はどう反応するのか。そして「初めて聞く言葉」を聞いたとき、どう変わるのか。

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知らない言葉に、脳が強く反応した

研究チームが聞かせたのは3種類の音でした。

「訓練した言葉」(犬が名前として覚えたおもちゃの名前)、「擬似語」(訓練した言葉と音節数・音韻が近いが意味のない造語)、そして食べ物による報酬(比較用)。

脳の反応で最も明確な差が出たのは、「擬似語 vs. 訓練した言葉」の比較でした。

擬似語を聞いたとき、犬の頭頂側頭皮質が、訓練した言葉と比べて有意に強く活動した。(両側性に見られ、右半球の活動は統計的に有意)

「知っている言葉より、初めて聞く言葉の方が、脳が強く反応する」というこの結果は、人間の脳でもよく知られた現象と一致しています。「新しい情報への注意」として働く「新奇性検出(novelty detection)」と呼ばれる仕組みです。

聞いたことのない音が入ってきた瞬間、脳は「これは何?」とより強く処理しようとする。知っている言葉はある意味で「処理済み」なので、反応が小さくなる。

あの子の脳でも、同じことが起きていました。

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「知っている」という情報を持っていた

もうひとつ興味深かったのは、「訓練した言葉2つのあいだの違い」を分析した結果です。

こちらは通常の統計分析では有意な差は出ませんでした。でも「どの脳領域がその言葉の違いを区別しているか」を探るMVPA(多変量パターン分析)という手法を使うと、別の景色が見えてきました。

言葉を区別する情報を持っていた脳領域として、いくつかの場所が浮かび上がりました。左側頭皮質、扁桃体、左尾状核、視床——これらの領域に、言葉1と言葉2を「判別できるパターン」が存在していた。

特に興味深いのは左側頭皮質の場所です。人間の脳で「意味の処理」を担うとされる角回・側頭頭頂接合部(TPJ)に相当する領域で、7頭の犬にその情報が見つかりました。

ただし研究チームは慎重な表現を使っています。これらは「意味的な処理が行われている可能性を示す場所」であり、確定的な結論は出せない。サンプル数が少なく、犬ごとの個体差も大きかったため、今後の研究が必要だと述べています。

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犬によって、違う脳の使い方をしていた

この研究のなかで私が最も「そうなんだ」と思ったのは、「犬によってばらつきが大きかった」という点でした。

全員が訓練を完了し、全員がスキャナーに入れた。でも言語を処理する脳の領域は、犬によって異なっていました。7頭が左側頭皮質に情報を持っていたということは、残りの4頭はそこには情報がなかった、ということです。

研究チームはこれを「処理のメカニズムの個体差」と表現しています。全員がおもちゃの言葉を覚えたのに、その言葉を脳の中でどう処理するかは、一頭一頭で違ったかもしれない。

「うちの子はよく理解してくれる」と感じている飼い主もいれば、「この子はなんとなく反応しているだけかな」と思っている飼い主もいる。その違いのひとつに、こういう個体ごとの処理の仕方の差が関係しているかもしれない。

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言葉を「名前として処理する」ことと、「音として反応する」こと

この研究が示したのは、「犬が人間の言葉を処理している」という事実です。ただし、その処理がどこまで「意味の理解」に近いかは、まだはっきりしていません。

「知らない言葉に脳が強く反応した」という結果は、少なくとも「知っている言葉か、そうでないかを区別している」ことを示しています。音として聞き流しているだけなら、このような差は出ない。

でも「意味を理解している」かどうかとは、また別の話です。「この音と、このおもちゃが結びついている」という記憶を持っている——それが確認された、というのが正確な表現です。

それが「言葉を理解している」と言えるかどうか、研究チームも慎重な立場をとっています。

それでも——あの子が「お座り」という音に反応するとき、あの子の脳の中では「知っている音が来た」という処理が起きていることは、ほぼ確かです。そして「初めて聞く音」が来たとき、その脳はより強く処理しようとする。

「うちの子は人間の言葉をわかっているのかな」という問いへの、今持てる誠実な答えは「少なくとも、知っている音と知らない音を、脳の中で区別している」ということかもしれません。

この研究(Prichard et al., 2018, Frontiers in Neuroscience, エモリー大学)はN=12頭と小規模で、特定の訓練を積んだ犬(awake fMRIに対応できるよう条件付けた犬)を対象としています。すべての犬に当てはまる結論を出すには慎重さが必要です。MVPAの結果(側頭皮質等での言葉の区別)は探索的分析であり、統計的有意水準は確認できましたが、サンプル数の少なさから解釈は限定的です。「意味的処理が起きている可能性」として提示されており、「犬が言葉の意味を理解している」とは研究チームも断言していません。また、おもちゃの名前という特殊な学習課題での結果であり、一般的な日常的な言語理解への適用には追加の研究が必要です。