うちの子が寄ってくる瞬間があります。
ふさぎ込んでいるとき。疲れ切って床に座り込んでいるとき。誰かと電話しながら少し泣いてしまったとき。音を立てているわけでも、呼んでいるわけでもないのに、いつの間にかそこにいる。鼻を押しつけてくる。膝に頭を乗せてくる。
(なんでわかるんだろう)と思いながら、そのあたたかさにほっとします。でも、「犬は泣いていると来てくれる」というのが気のせいでなく、実際に起きていることだとしたら——その行動が何を意味するのか、ちゃんと考えたことはありませんでした。
「うちの子だけそうなのかな」と思っていた時期があります。でも同じような話を、犬を飼っている人から繰り返し聞くようになって、何かがあるんじゃないかと思い始めました。そして、それが実験として記録された研究があることを知りました。
「泣く」「話す」「歌う」の3つを、犬に見せてみた
ロンドンのゴールドスミス大学の心理学部で行われたこの実験では、犬を飼い主と一緒に室内に置き、そこに飼い主かあるいは見知らぬ人が入ってきて3つの状態を取りました。「泣く(声を上げて泣くふり)」「話す(独り言)」「ハミングをする(意味のある言葉を使わずに音を出す)」の3条件です。Custance と Mayer の2名によるこの研究は、Animal Cognition誌に2012年に発表されました。
この実験のプロトコルは、もともと人間の幼児を対象に他者への共感的な反応を調べるために開発されたものを犬に適用したものです。赤ちゃんが他者の苦痛にどう反応するかを調べる手法を、犬と人間の関係に応用するというアプローチは、当時としても着眼点のある設計でした。
実験で観察されたのは、それぞれの状態のときに犬がどう動くか、どんな姿勢でどこに向かうかでした。参加した犬の行動を映像で記録し、複数の観察者が——実験の仮説を知らない状態で——「近づく」「遠ざかる」「何もしない」などに分類しました。観察者が実験の意図を知らない状態で評価することは、バイアスを減らすための重要な条件で、この研究はその点に配慮した設計になっていました。
この研究が「探索的研究(exploratory study)」と位置づけられているように、対象の犬の数や条件は限定的で、結論を一般化するには慎重さが必要です。それでも、出てきた行動のパターンは印象的でした。
泣いているとき、犬は近くに来た
人が泣いているとき、犬は話しているときやハミングのときよりも頻繁に近づいてきました。そしてその接触の仕方が、遊びや元気な反応ではなく、服従的・落ち着いた姿勢——鼻を低くして、ゆっくり近づく形——だったことが記録されています。
観察者たちが犬の接近を評価したとき、「泣いている」条件のもとでは、「警戒している」「遊んでいる」「落ち着いている」のいずれよりも「服従的」という分類が多く選ばれました。つまり犬は、「何か面白いことが起きた」ように近づくのでも、「緊張して様子を見る」ように近づくのでもなく、相手の状態に寄り添うような動きで近づいていた。この姿勢の違いが、この実験で記録された重要な点の一つです。
飼い主が泣いたとき、犬が寄っていく。これだけなら「飼い主が何かしているから反応した」という説明も成り立ちます。飼い主と一緒にいるとき、飼い主に何か変化が起きれば犬が反応するのは自然なことです。
でも、この実験で最も印象的だったのは、飼い主が泣いたときではなく、見知らぬ人が泣いたときの犬の行動でした。
知らない人が泣いたとき、犬は飼い主ではなく、その人に向かった
見知らぬ人が泣いていたとき、犬がよりしばしば近づいた先は、自分の飼い主ではなく、その知らない人の方でした。そして近づいた犬は、その人を嗅ぎ、鼻で押したり舐めたりしていたと記録されています。
これは少し立ち止まる発見でした。不安や緊張を感じたとき、犬が「安全基地」として向かうのは通常、飼い主です。知らない人が何か変なことをしていると感じたなら、飼い主の方へ戻ることが自然な反応です。でも、知らない人が泣いていたとき、犬はその人の方へ向かった。しかもその接触の仕方は、遊びや探索ではなく、鼻を低くしたゆっくりした近づき方——先ほどと同じ、服従的・落ち着いた姿勢でした。
研究者たちは「この行動パターンは感情的共鳴(emotional contagion)と、これまでに苦しんでいる人間に近づくことで報われてきた経験の組み合わせとして、最も節約的に解釈できる」と述べています。「感情的共鳴」とは、相手の感情状態が自分の行動に影響する現象です。「共感」という言葉は認知的な理解——相手が何を感じているかを頭で考える能力——を含みますが、感情的共鳴は「あの人が泣いているという信号が、近づくという行動を引き出す」という、より反射的なプロセスです。
研究者たちが「共感」という言葉を使わず、「共感的な反応(empathic-like responding)」という言葉を選んでいることには、意図があります。「理解している」のか「感じ取っている」のかを区別することは現在の科学では難しく、この研究もその判断は避けています。ただ、泣いている信号に対して犬の体が動くことは、この研究を通じて記録されました。
「感情的共鳴」と「共感」の違いは、研究者にとっては重要な区別です。感情的共鳴は「あの人が泣いているという信号が、近づく行動を自動的に引き出す」プロセスです。一方、共感は「あの人が何を感じているかを理解し、その理解に基づいて行動する」というより認知的なプロセスを含みます。犬の行動が前者なのか後者なのかを実験で切り分けることは難しく、研究者たちもそこには慎重でした。それでも、苦しんでいる人間に対して特定の形で接近するという行動パターンが繰り返し記録されたことは、無視できない観察です。
この研究は対象の犬数が限られた探索的な実験です。感情を「理解」しているのか、音や様子の変化に反応しているだけなのかを区別することは難しく、研究者自身もこの点について慎重な立場を取っています。「犬は人間の感情を理解して共感している」と断言する根拠にはなりません。ただ、泣いている人に近づくという行動が、条件を変えても繰り返し記録されたことは、確認された事実です。
あの子が来てくれた瞬間の意味
泣いているとき、うちの子が来てくれた。あの行動が「共感」なのかどうかは、研究者たちも慎重に言葉を選んでいます。でも「気のせい」でも「おやつを求めているだけ」でもなく、感情的な信号に対して体が動いている可能性がある——そう読める研究があることは、あの瞬間を少し違う目で見させてくれます。
知らない人が泣いていても近づいていった犬たちの話を読んで、あの子が飼い主への愛着だけで動いているわけではないのかもしれない、と感じました。苦しんでいる信号そのものに、反応する何かを持っているのかもしれない。
飼い主のことが好きだから来てくれているのか、それとも泣いているという状態そのものが犬に何かを引き出しているのか——どちらが正確かはわかりません。でも「飼い主だから」だけでは説明できない何かがあると、この研究は示唆しています。
音を立てていないのに気づいてそこにいてくれた朝のことを、もう少し違うものとして受け取れる気がします。あの子はあのとき、あなたの状態に何かを感じ取って、来てくれたのかもしれない。