なんとなく、わかっているみたいだと思ったことがある人は、多いと思います。

機嫌が悪い日に帰ってきたとき。声を荒げて誰かと電話しているとき。静かに泣いているとき。そういう場面で、いつもと違うタイミングで近づいてきたり、じっと顔を見てきたりする。

「気のせいかな」と思っていた。でも、気のせいではなかったかもしれない、という研究を読みました。

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顔と声を、同時に読んでいた

2016年、ブラジルのサンパウロ大学とイギリスのリンカーン大学などの研究チームが、Biology Lettersに実験の結果を発表しました。

研究チームが検証しようとしたのは、「クロスモーダル感情認識」と呼ばれる能力です。

顔だけで感情を読む。声だけで感情を読む。それは比較的わかりやすい。でも、「顔の表情」と「声のトーン」が感情として一致しているかどうかを、同時に判断できるか——それは、より高度な認知の処理を必要とします。この能力は、それまで人間にしかないと考えられていました。

実験では17頭のペット犬が対象になりました。犬に2つの顔の画像を並べて見せます。一方は嬉しそう・遊んでいる表情、もう一方は怒っている・攻撃的な表情。同時に、どちらかの感情に対応する声の録音を流す。

そして「どちらの顔を長く見るか」を計測しました。

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声と一致する顔に、目が向く

犬は、流れている声の感情と「一致する」表情の顔を、有意に長く見続けていました。

ポジティブな声が流れているとき → ポジティブな表情の顔を長く見る。 ネガティブな声が流れているとき → ネガティブな表情の顔を長く見る。

これは「顔と声の感情が一致しているかどうかを判断している」ということを意味します。声を聞きながら、顔の表情をその声の感情と照合している。2つの情報をつき合わせて、どちらが一致するかを処理している。

研究チームはこの結果について「クロスモーダル感情認識が犬に存在することを示した」と述べています。そして「この能力はこれまで人間のみに知られていた」とも。

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犬の顔も、人間の顔も

この実験が特に興味深かったのは、顔の「種類」です。

実験で使われた顔の画像は、犬の顔と人間の顔の両方でした。声も、犬の声と人間の声の両方が使われました。そして、犬の顔と犬の声の組み合わせだけでなく、人間の顔と人間の声の組み合わせでも、同じ効果が確認されたのです。

つまり、自分たちの仲間(犬)の表情と声だけではなく、人間の表情と声についても、「感情の一致・不一致」を判断していた。

同じ種の仲間を読むのは、多くの動物に備わっている能力かもしれない。でも別の種——人間——の感情表現についても、顔と声を照合して感情を読んでいる。

研究チームは「犬は視覚と聴覚の感情情報を抽出・統合する能力があり、犬と人間の両方からポジティブ・ネガティブの感情を識別できることを示している」と述べています。

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どうやって感情を「読む」のか

犬が人間の感情を読む能力を持つことは、以前から観察や研究で示唆されていました。でも「どのようにして」読んでいるのか、その仕組みについては、詳しいことがわかっていませんでした。

この研究が示したのは、「顔だけ」や「声だけ」ではなく、2つの感覚チャンネルを同時に使って照合しているという点です。

顔を見ている。声を聞いている。そして、その2つが「感情として合っているかどうか」を判断している。それは単純な条件付けや記憶の引き出しではなく、リアルタイムで感情情報を統合する処理といえます。

もちろん、実験室の条件と日常の生活は違います。実際の接触では匂いや姿勢、呼吸のリズムなど、さらに多くの情報が同時に流れている。でも、少なくとも「顔の表情」と「声の感情」を組み合わせて読むという処理が起きていることは、この実験から確認されました。

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「見ていた」という行動が意味すること

研究の中で注目したのは、測定の方法でした。犬に「感情がわかりますか」と聞くことはできない。でも、どちらを長く見るか——という視線の時間で、処理の様子を間接的に確認できます。

この「長く見る」という行動は、「情報を処理しようとしている」サインです。人間でも、理解しようとしているとき、わからないものを見ようとするとき、視線が向く。犬も同じように、「声と一致する顔」に視線が向いていた。

声と顔の感情が一致していないとき——ポジティブな声なのにネガティブな表情、あるいはその逆——は、犬が長く見る傾向が弱まりました。これは「一致しているかどうか」を検知していることを示す一つのサインともいえます。

日常の場面で考えると、「笑顔で怒った声を出す」ような状況は、あの子に混乱をもたらすかもしれない。顔と声のメッセージが食い違っているとき、どちらを信じるべきかを処理している。そういう観点から見ると、感情表現の一貫性が、あの子との信頼関係に影響しているかもしれません。

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気のせいではなかった

あの日の帰り道、声を荒げながら電話していたとき。ドアを開けたら、いつもと違う距離感で待っていた。

「察しているのかな」と思っていたあの感覚は、研究が示す限り、根拠のない思い込みではなかったかもしれない。声のトーンを聞き、顔の表情を見て、その2つを照合しながら「今日のあなた」を読んでいた。

そして、それは人間の感情に限らない。犬どうしでも、同じ処理が起きている。公園で知らない犬と顔を合わせたとき、あの子は相手の表情と声を同時に読みながら、その犬が「遊びたそうなのか」「怖がっているのか」を判断しているかもしれない。

感情を読む能力。それは人間だけのものだと長く考えられてきた。でも、あの子はずっと、そのような処理をしながら毎日を過ごしていたのかもしれません。

この研究(Albuquerque et al., 2016, Biology Letters, リンカーン大学・サンパウロ大学ほか)は17頭のペット犬を対象にした実験です。サンプル数が限られており、結果の解釈には慎重さが必要です。クロスモーダル選好注視パラダイムという実験手法を用いており、「長く見る」という行動が感情認識の証拠であるという解釈には前提が含まれています。実験刺激は静止した顔の画像であり、実際の動く顔・全身のボディランゲージを含む日常的な相互作用とは条件が異なります。ポジティブな感情刺激として「嬉しそう・遊んでいる表情」、ネガティブとして「怒っている・攻撃的な表情」を使用しており、感情の分類はこの2種類に限定されています。