毎朝、愛犬の湿った鼻先が私の頬に触れる感触で目を覚ます。 それが私の幸せでした。 「おはよう」と言って、そのまま顔中にキスを浴びる。 子供たちも、愛犬と同じスプーンでアイスを分け合うのが日常でした。

「家族だから」という言葉が、あらゆる衛生上の疑問を黙らせていました。 (菌なんて気にしすぎ)と思っていたし、そもそも考えたくなかった、というのが正直なところです。

そうやって、無防備なスキンシップこそが「愛の深さ」だと思っていました。 でも、アメリカのテンプル大学病院の論文を読んで、血の気が引きました。

そこには、私が「愛」だと思っていた行為が、「病原体の交換」でしかない可能性が、冷徹なデータとして記されていたからです。

「健康そう」が、安全の証明じゃなかった

論文には、犬から人へ感染する病気(人獣共通感染症)がずらりと並んでいました。

  • パスツレラ症: 噛まれた傷だけでなく、舐められた部位からも感染し、激痛や腫れを引き起こす。
  • カプノサイトファーガ感染症: 免疫力が落ちている人が発症すると、敗血症で命に関わることも。この菌は、健康な犬の歯肉の70%から検出されている。
  • 寄生虫(回虫・エキノコックス): 気づかないうちに卵を経口摂取し、肝臓や肺に障害を起こすリスク。

特に衝撃だったのは、「健康そうに見える犬でも、保菌している」という事実です。 愛犬が元気だからといって、病原体がいないわけじゃない。

お尻を舐めたその舌で、私の口を舐める。 散歩で土を踏んだその足で、子供の布団に入る。

「家族だから」という言葉が、知らなくていい理由になっていました。

「拒絶」ではなく「区別」

この事実を知って、私は怖くなりました。 (もう触っちゃいけないの?) (隔離して飼わなきゃいけないの?)

極端な思考に走りかけましたが、論文の著者はそんなことは言っていません。 大切なのは、適切な「境界線」です。

口移しや、顔を舐めさせることは避ける。 寝室は別にするか、少なくとも布団には入れない。 触れ合った後は、必ず手を洗う。 そして何より、定期的な駆虫と検診を欠かさないこと。

これらは、愛犬を遠ざけることではありません。 「人間と犬が、長く健康に一緒にいるためのルール」です。

愛し方を変える勇気

最初は辛かったです。 ベッドに乗ってこようとする愛犬を、「ダメ」と制止するたびに、胸が痛みました。 (嫌われたかな?) (冷たい飼い主だと思ってるかな?)

でも、数週間もすれば、愛犬は自分のベッドで安らかに眠るようになりました。 私も、感染症への漠然とした不安がなくなり、以前よりもリラックスして愛犬と触れ合えるようになりました。

キスをしなくても、同じ布団で寝なくても、愛は伝わる。 お互いの健康を守ろうとする姿勢こそが、本当の「大人の愛情」だと、今は思っています。

守るための距離

「愛犬とは一心同体」 その気持ちは痛いほどわかります。

もしあなたが、今夜も愛犬と同じ枕で眠ろうとしているなら。 その距離の近さは、本当にあの子と家族のためになっていますか? 少しの「区別」が、10年後の笑顔を守るとしたら。

「ダメ」と言うこともまた、愛の一つなのだと、私は今なら胸を張って言えます。

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参照文献: Jacob J, Lorber B. (2015). Diseases transmitted by man's best friend: the dog. Microbiol Spectrum 3(4):IOL5-0002-2015. doi:10.1128/microbiolspec.IOL5-0002-2015.