ボーダーコリーが、ビーグルより嗅覚タスクで上手だった。

この一文が引っかかった人は、今日の話を読んでみてほしいと思います。

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「嗅覚犬種」か、「協働犬種」か、という問い

犬について調べていると、こういう分類が出てくることがあります。「嗅覚のために選ばれた犬種」と「協調のために選ばれた犬種」。

ビーグルやバセットハウンド、ブラッドハウンドは前者の典型です。においを追い、獲物を見つけるために人間が何世代もかけて選んできた。鼻はそのために作られた、と言っても大げさではない。

一方、ボーダーコリーやジャーマンシェパードは後者に近い。羊の群れを見て、飼い主の動きを読み、目と体で協調して動く——そういう能力を中心に磨かれた犬たちです。

「じゃあ、嗅覚の純粋なテストをしたら、どちらが上手なのか」。

ハンガリーのエトベシュ・ロラーンド大学(ELTE)の研究チームは、その問いをそのまま実験にしました。2025年にScientific Reportsに発表された研究は、527頭の犬を対象に、嗅覚タスクの成績を系統的に比較した大規模なものです。

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調べたら、答えが予想と違った

研究チームは、臭いのする食べ物を伏せた陶器製の容器の下に隠し、犬が正しい容器を選べるかを見るテスト(Natural Detection Task、以下NDT)を使いました。

容器は4つ。1つだけに食べ物が入っています。犬は特別な訓練なしに、自分の鼻と食べ物への自然な動機だけでこのタスクに向き合います。難易度は3段階で、最も難しいレベルは完全に閉じられた蓋の下の食べ物を嗅ぎ当てるというものです。

研究チームは犬たちを3グループに分けました。「嗅覚のために選ばれた犬種グループ(猟犬系)」「協調のために選ばれた犬種グループ(牧羊犬・牧畜犬系)」「両方のために選ばれた犬種グループ(ガンドッグ系)」の3つです。

結果を読んで、研究チームも含めた人々が少し驚いたはずです。

この3グループの成績に、有意な差がなかった。

N=484頭(犬種グループ分析対象)、3グループのばらつきを全体のばらつきと比較するF検定を行ったところ、すべての成績指標でp>0.05。「嗅覚犬種グループ」は「協調犬種グループ」より統計的に優れていなかった。

「嗅覚のために選ばれた体と鼻を持つ犬種が、協調のために選ばれた犬種より嗅覚テストで優れているはずだ」——その直感は、少なくともこの実験条件では、支持されなかったんです。

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ボーダーコリーというパラドックス

犬種グループ別の分析が意味をなさないと判明したため、研究チームは個別の犬種に視点を移しました。25頭以上のデータが得られた10犬種を対象に、誰が最もよく嗅ぎ当てたかを調べたのです。N=439頭。

最も成功率が高かったのは、ボーダーコリーでした。

研究チームはボーダーコリーを「基準」として他の犬種と比較しています。その結果、ゴールデンレトリバーはボーダーコリーより最高難易度レベル(TL)を通過する確率が70%低く、ビズラ(ハンガリーのガンドッグ)は50%低かった。総合成功スコア(SUS)でも、ゴールデンレトリバーは74%低く、ハウンド系(バセット・ブラッドハウンド)は59%低い結果でした。

嗅覚犬種の代表とも言えるハウンドがボーダーコリーより低い成績を示したということです。

では速度はどうだったか。最も素早く成功したのはビーグルで、こちらが「速さの基準」になりました。ただし、速さと正確さは同じではありません。ハウンド系はビーグルより53%遅く、ゴールデンレトリバーは38%遅かった。

研究チームは論文の考察でこの結果を興味深い言葉で解説しています。「NDTは視覚的な選択課題(どの容器かを選ぶ)の側面を持つため、ボーダーコリーの視覚的な仕事スタイルが有利に働いた可能性がある」と。

嗅覚テストとはいえ、「どれか」を選ぶという判断の段階は視覚も含む。その部分でボーダーコリーの強みが出た可能性があるということです。

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鼻の良さより、反応性という要素

犬種グループの違いより、個々の犬が持つある特性の方が成績をよく説明していました。

DPQ(犬の性格質問票)で測定した「訓練への反応性(Responsiveness to training)」——これが、嗅覚タスクの成績と明確な関連を示したのです。

訓練への反応性が高い犬ほど、最高難易度を通過する確率が33%高く、総合成功スコアも25%高かった。訓練への反応性とは、集中しやすさ、コントロールのしやすさ、訓練に取り組む意欲といった要素をまとめたものです。

一方で、研究チームが「効くはず」と予測していた「活動性・興奮性(Activity/Excitability)」は成績に有意な影響を示しませんでした。犬のADHD関連因子も、報酬スタイル(食べ物中心かどうか)も、関係しませんでした。

面白いのは訓練レベルの結果です。アジリティや服従訓練、嗅覚訓練などを受けている犬が必ずしも成績が高いわけではありませんでした。むしろ、訓練レベルが高い犬ほど最後の成功レベルを達成するのが少し遅い、という逆説的な傾向もありました(5%の遅延増加)。

研究チームの解釈はこうです。「訓練を多く受けた犬は、慣れ親しんだ訓練状況とこの新しいタスクを結びつけようとして、少し迷った可能性がある。または、訓練で特定のサインを求められることに慣れた犬が、自発的なサイン(指示なしに自分で鍋を示す)を出すことに不確実さを感じた可能性がある」。

年齢については、1歳年をとるごとに最高難易度を通過する確率が7%低下する傾向がありました。ただしこの効果は控えめで、2〜3歳がピーク年齢とのことです。

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「嗅覚のために生まれた犬」という像の更新

この研究を読んでから、少し違うことを考えるようになりました。

「あの犬種は鼻がいい」という直感は、根拠のないことではないかもしれない。でも、嗅覚タスクの成績を左右するのは、鼻の構造だけではないということです。

嗅覚のために選ばれた体を持っていても、その能力を引き出すのは「集中して課題に向き合えるかどうか」という別の要素が大きく関わっていた。ビーグルやハウンドは速く嗅ぎ分けられるかもしれないけれど、「正しい容器をきちんと示す」という判断の段階で何かが変わってくる。

ボーダーコリーが高い成績を示した理由として、視覚的な選択課題への適性が挙げられていましたが、もう一つの可能性として「訓練への反応性の高さ」もあります。ボーダーコリーは協調性と集中力の高い犬種として知られています。

もちろん、個体内のばらつきは大きく、犬種という括りは一人ひとりの犬を説明するものではありません。研究チームも「個体の遺伝的・環境的要因が重要な役割を果たしている」と強調しています。ビーグルでも「訓練への反応性が高い」個体は成績が高くなるでしょうし、ボーダーコリーでも成績が低い個体はいます。

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犬の鼻の能力は、もっと複雑だった

「どの犬種が嗅覚が良いか」という問いへの答えは、「それは何のタスクで、どういう文脈で、どういう犬か」によって変わるということです。

N=527頭という大規模なデータを使ったこの研究が示したのは、犬の嗅覚能力を「嗅覚解剖学」だけで説明しようとすることの限界でした。においを嗅ぎ分ける能力と、それを課題として発揮できる能力は、重なりながら異なるものでした。

うちの子がノーズワークに参加して、思ったより上手くなかったとしても——それは「鼻が悪いのかな」という話ではないかもしれない。あの子が「この課題、どうやるんだろう」と考えながら向き合っているのかもしれない。

そう考えると、あの子が容器の周りをウロウロしている姿が、少し違って見えてきます。

この研究(Salamon et al. et al., 2025, Scientific Reports)はハンガリーの一般家庭犬と職業犬を対象とした観察研究です。NDT(Natural Detection Task)は標準化されたテストですが、野外・室内の両条件で実施されており、場所の違いがランダム効果として統計モデルに組み込まれています。「犬種グループ差がなかった」という結果は、近年の犬種内の行動選択圧の緩和(ペット化による)が影響した可能性も著者は指摘しており、過去の研究との一部矛盾も認めています。また、本研究の対象は訓練なしの一般犬のため、高度に訓練されたプロ探知犬には直接適用できない部分もあります。