多頭飼いをしていると、こういう瞬間があります。

別の部屋から、一頭がぐずるような声を出す。すると、もう一頭が耳をそばだてて、ゆっくりそちらへ歩いていく。急ぐでもなく、特に何かをするわけでもなく、ただそちらに行く。

何度見ても、あれが何なのかわかりませんでした。音に反応しているだけなのか、習慣なのか——それとも、何かを感じているのか。

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声を聞かせて、何が変わるかを記録した

ウィーン大学のMesserli Research Instituteを拠点とするQuervel-Chaumetteらが2016年にPLoS ONE誌で発表した研究は、その問いに向き合った実験です。

対象となったのは16組の犬のペア。いずれも同じ家で1年以上共に暮らしている犬たちです。研究チームはそれぞれの犬に3種類の音声を聞かせました。「同居している犬(よく知っている犬)のホワイン(鳴き声)」「見知らぬ犬のホワイン」「コンピューターで生成されたコントロール音」の3つです。

実験の流れはシンプルでした。犬を実験室に連れてきて、30秒間音声を再生します(プレイバック段階)。その後、同居犬が部屋に入ってきます(再会段階)。この前後で、犬の行動とコルチゾール(唾液中のストレスホルモン)の変化を記録しました。

研究チームが問いかけたのは「犬は仲間の苦しむ声に感情的に反応するのか」——犬同士の間に、「共感のような反応」が存在するのかどうかということでした。

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鳴き声を聞いたとき、体が変わった

まず「ホワインとコントロール音の比較」の結果から見てみます。

ホワインを聞いた犬たちは、コントロール音のときと比べて、スピーカーに向けて視線を向ける時間が長くなりました(LMM: p=0.003)。また、音が出ていた壁(不透明なフェンス)の近くに留まる時間も長くなりました(p=0.026)。そして、ストレス関連の行動——落ち着かなく動く、あくびをするなど——もホワインの条件のときに多く見られました(p=0.03)。

音声再生が終わって同居犬が部屋に入ってくると、今度は別の変化が起きました。ホワインを聞いた後の方が、コントロール音の後よりも、同居犬のそばに長く居るようになったのです(p=0.004)。そして、同居犬に向けた親和的な行動——体を寄せる、なめる、近くに寄り添うなど——が増えていました(p=0.009)。

つまり、鳴き声を聞いている最中は「警戒と注意」が高まり、その後仲間に会うと「より近づき、より寄り添う」という流れが観察されたということです。

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「知っている声」と「知らない声」では、反応が違った

さらに興味深いのが「よく知っている犬の声と、知らない犬の声の比較」の結果です。

最初のセッションで、よく知っている犬のホワインを聞かせたグループ(各5頭)は、知らない犬のホワインを聞かせたグループと比べて、再会場面での親和的な行動が有意に多く見られました(p=0.005)。

「誰の声かがわかる」だけでなく、「よく知っている声を聞いたとき、より強く反応した」ということです。

コルチゾールの変化にも注目すべき傾向がありました(p=0.07)。知らない犬の声を聞いた後では、コルチゾール値が徐々に下がる傾向があったのに対し、よく知っている犬の声を聞いた後では、コルチゾール値が高いまま維持されていました。

研究チームは「見知らぬ声には慣れて落ち着いていくが、よく知っている犬の声は緊張状態を維持させた」と解釈しています。声の主が「誰か」という情報が、生理的な反応の質までを変えていたということです。

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「感情が伝わる」と「関わろうとする」の2層

研究チームはこれらの反応を、2つの概念で説明しています。

一つは「感情伝染(emotional contagion)」。他者の感情状態が自分に伝わり、自分にも似た状態が起こることです。ホワインを聞いた後にストレス関連行動が増えたのは、これに当たると考えられます。あの子は声の感情的な内容を受け取り、それに影響されていた。

もう一つは「共感的関心(sympathetic concern)」。他者の状態を感知して、そちらに向かったり、関わろうとしたりする行動です。ホワインの後に同居犬のそばに長く寄り添い、親和的な行動をとったのは、この段階に当たるとされます。

研究チームが参照した先行研究では、人間の赤ちゃんの泣き声を聞いた犬のコルチゾール値が上がることが報告されています(Yong & Ruffman, 2014)。今回の研究では人間への反応ではなく犬同士の反応を調べており、「人間への反応と同じようなことが、犬同士の間でも起きているのかもしれない」という方向性を示した点に意義があります。

コルチゾールの有意差は出なかったものの、行動のレベルでは、ホワインへの反応が明確に観察されました。

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声の主が「誰か」という情報

一つ考えたいのは、この反応が「誰の声か」によって変わるという点です。

知らない犬の声でも、コントロール音と比べれば全体的に反応はありました。でも「よく知っている犬の声」という条件が加わったとき、同居犬への関わり方がより顕著に変化しました。コルチゾールが維持されたのも、よく知っている声のときだけでした。

人間の研究でも、共感は親しい人に対してより強く働くことが知られています。あの子が特定の相手の声に対してより敏感に反応するとすれば、それは「ただ音に反応している」のではなく、「誰の声か」を何らかのかたちで感知し、それに応じた感情的な反応を示しているということになります。

声のパターン、聞き覚え、一緒に過ごしてきた時間。それらがすべて、あの声への反応に結びついているのかもしれません。

また研究チームは、「慰め行動が起きたのは最初のセッションに限られていた」という点も報告しています。セッションを重ねるごとに反応が弱くなる——これは馴化と呼ばれる現象で、繰り返し同じ刺激を受けると反応が薄れていくことです。声の「初めての響き」に反応しやすく、慣れると薄れる。それもまた、人間の感情の働き方と似ています。

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となりの子が泣いていたとき

この研究を読んでから、前の疑問に少し違う見方ができるようになりました。

多頭飼いの家で、一頭が声を出す。もう一頭がそちらへ向かう。あれは何なのか——今なら、「聞こえていた」という言葉が出てきます。音としてではなく、何かを含んだ声として。

あの子はホワインを聞いた後、コントロール音の後よりも長く仲間のそばにいました。知っている声を聞いたとき、体の中でストレスの指標が下がらずに高いまま維持されていました。

声の主を見て、そばに座った。それが何を意味するかを研究が全部明らかにしたわけではありません。でも少なくとも、あの子はその声を「ただの音」として処理していたわけではなかった——そう考える理由が、この実験のデータにはあります。

あの子が別の子の声に耳をすませるとき。今はそこに、少し違うものを感じます。

この研究(Quervel-Chaumette et al., 2016, PLoS ONE)のサンプルは16組と少なく、親しみを持つ相手と見知らぬ相手の鳴き声の比較は各5頭ずつです。研究チームも「この比較結果は慎重に解釈する必要がある」と述べています。コルチゾールの傾向差はp=0.07で、統計的有意水準(0.05)に達していません。また心拍数データは技術的な問題から分析できなかったとも報告されています。今後、より大きなサンプルでの検証が必要とされています。