うちの子は、指示の通りが悪い——そう感じたことがある人は、少なくないと思います。

指でどこかを示しても、そっちを向かない。アイコンタクトを取ろうとしても、ずっとあさっての方を向いている。「この子は特別に頑固なのかな」「私の教え方が悪いのかな」と思って、やり方を変えたり、回数を増やしたりしてみた。

でも、そのやりにくさの一部は、もしかしたら犬種の歴史に刻まれた傾向だったのかもしれない。ブダペストのエトヴェシュ大学の研究チームが、そのことをデータで示していました。

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実験で測ったもの

2009年、エトヴェシュ大学(ブダペスト)とシドニー大学の共同チームが、Behavioral and Brain Functions誌に実験の結果を発表しました。

研究チームが使ったのは「二択選択課題」と呼ばれるシンプルな実験です。2つの容器のどちらかに食べ物が隠されていて、人間がそちらを指差す(ポインティング)。犬がその指差しの意味を理解して正しい容器を選べるかどうかを測るものです。

ただし、この実験で使ったのは「瞬間的な遠位ポインティング」と呼ばれる難しいバージョンでした。指は1秒以下の間だけ向けられ、すぐに引っ込められます。匂いや音の手がかりは排除されており、純粋に「人間の視覚的なジェスチャーを読む能力」が問われる課題です。

対象になったのは、全員ペットとして人間の家庭で暮らす成犬90頭。

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3つのグループで比べた

研究チームは犬を3つのグループに分けました。

協調型作業犬(cooperative worker):牧羊犬やガンドッグなど、常に飼い主と視覚的に連絡を取りながら協力して働くように選択繁殖されてきた犬種。30頭、22犬種。

独立型作業犬(independent worker):猟犬・アースドッグ・家畜護衛犬・そり犬など、人の視覚指示なしに自律して働くように選択繁殖されてきた犬種。30頭、21犬種。

雑種:2種以上の血統が不明確に混ざったいわゆる雑種犬。30頭。

3グループは、年齢・性別・住環境(屋内か屋外か)・飼い主との日常的な接触時間・訓練の有無(なし/基本服従訓練済み/特別コース経験)などをすべて揃えて均等に分配されていました。つまり、訓練量や生活環境の違いが結果に影響しないよう設計されていた実験です。

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協調型が、最も指示をよく読んでいた

3グループを比較した結果、協調型作業犬は独立型作業犬と雑種の両方より、有意に高い正答率を示しました(F=5.852、p=0.004)。

事後検定でも、協調型vs.独立型(p=0.03)、協調型vs.雑種(p=0.006)のどちらも有意差が確認されました。

もちろん、独立型や雑種の犬もまったく理解できなかったわけではありません。3グループすべてが「偶然(50%)」よりも高い正答率を示していました——つまり、程度の差はあれ、どの犬も人の指示を読む能力を持っていた。ただ、協調型の方が明確に「得意」だった。

研究チームはこの結果について、認知能力そのものの差ではなく、人の社会的なシグナルに反応する傾向の違いを反映していると述べています。協調型の犬は、常に飼い主の視線と動きを読みながら行動することを何世代にもわたって求められてきた。その歴史が、人の指示への感度として現れているのだと。

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顔の形も関係していた

研究チームはもう一つの実験を行いました。今度は「頭の形」に注目した比較です。

短頭種(ブラキケファリック)——目が前向きについている犬種(N=25頭、14犬種)と、長頭種(ドリコケファリック)——目が横向きについている犬種(N=25頭、14犬種)を比べると、短頭種の方が有意に高い正答率を示しました(t=-4.848、p<0.001)。

この違いの背景にあるのは、網膜の構造です。短頭種は網膜の中心部に視細胞が集中しており、正面を見たときの視覚精度が高い。一方、長頭種は視細胞が横方向に広く分布しており、周辺視野は広いが正面の精度は低い。

人が指をどこかに向けるとき、その動きは正面方向に起きます。正面の細かい動きを読むことが得意な短頭種は、そのジェスチャーを捉えやすい——顔の形そのものが、コミュニケーションのしやすさに影響していたのです。

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「この子だけの問題」じゃなかった

この研究を読んで、一つの見方が変わりました。

「なんでこの子、指示が伝わらないんだろう」と感じるとき、それは犬の意地悪さでも、飼い主の教え方の失敗でも、その犬個体だけの問題でもない可能性がある。犬種として何百年もかけて形づくられてきた「働き方の傾向」が、今ここで出ている、という見方です。

猟犬は、人の視線ではなく匂いと本能を頼りに行動する。家畜護衛犬は、群れを自律的に守るために人からの指示を待たずに動く。そういう「作業のデザイン」を持って生まれてきた犬に、ガンドッグや牧羊犬と同じように「見てるだけでわかるでしょ」と期待すると、すれ違いが起きやすい。

もちろん、犬種で全てが決まるわけでもありません。この研究でも、どのグループの犬も偶然より上の正答率を示していた。つまり、能力がゼロの犬種はいない。教え方を工夫することで、理解の精度を上げることはできます。

ただ、「この子が人の指示を読む仕組みは、どういう繁殖の歴史から来ているのか」を知ることは、訓練の設計を変えるための出発点になると思います。

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動かない子を、動かそうとしていた

ずっとある方向に指を向けても、全然そっちを見ない。自分のやりたいことを優先して、呼んでも来ない。そういうとき、「この子はやる気がない」と思いやすいです。

でも実際は、やる気ではなく感度の問題かもしれない。人の視覚シグナルを読む感度がもともと低めにチューニングされているのであれば、より手がかりを大きく・わかりやすく・一貫して出すことが、効果的なアプローチになります。ジェスチャーをゆっくり・はっきり・繰り返す。あるいはまず音や言葉で犬の注意を引いてからジェスチャーを出す。

「伝わらないのは犬のせいでも自分のせいでもなく、この子の回路が違う」という理解が、焦りと罰の代わりに、丁寧な設計を連れてきます。

この子に合ったやり方に辿り着いたとき、あの目線がこっちを向く瞬間は、また少し違って見えてくるかもしれません。

この研究(Gácsi et al., 2009, Behavioral and Brain Functions, エトヴェシュ大学・シドニー大学)は全員ペット犬を対象にした研究ですが、被験犬はブダペストとその周辺から募集されており、地理的バイアスの可能性があります。犬種のグループ分けは作業目的の歴史に基づいていますが、同じグループ内でも犬種ごとのばらつきは大きいです。また、個体の成績(20試行中15回以上正解)で見ると、グループ間でも個体差は存在します。二択課題の正答率は他の認知課題の成績と必ずしも相関せず、「コミュニケーション全般の能力」を示すものではありません。短頭種の優位性については、体格と目の位置の影響が複合しているため、原因の特定には追加研究が必要です。